ファッションメンヘラ

メンヘラを装備した人の思うところ。

お絵描き教室

「チューリップの絵を描いてみましょう」

 

まだランドセルも背負っていないくらい

物心ついて間もない頃、

お絵描き教室で先生がそう言った。

 

わたしはうきうきした。

 

何色を使って、

どんな形のものを描いたんだったか。

 

けれど、

真っ白な画用紙の上に

表現するのが楽しくて仕方ない。

 

だって、

わたしの絵は上手だって言われるから。

 

 

 

わたしは小さな画家だった。

 

 

友達と遊ぶのは苦手だった。

いつも泥団子を作ろうと誘われるからだ。

 

砂は「ばっちい」から、触りたくなかった。

 

母親の教育が功を奏し、

ブランコから降りた後は

すぐお尻を手ではらうような子供だった。

 

ましてや、水分を含んでどろどろになった泥など、

鳥肌が立った。

たとい友達との楽しい共同作業であっても

触れたくはなかった。

 

 

だから、

専ら、家の中でお絵描きしている時間の方が

よっぽど平和だった。

 

祖母の家に預けられることが多かったこともあり

ただひたすら、飽きもせず

自分の描きたいものを描き続けていた。

 

そして、祖母はいつも言った。

「あんたはほんまに絵が上手やわ」

母や父も、みんながこぞってわたしの絵を褒めた。

 

有頂天だった。

 

 

そんなわたしに母親が勧めてくれたのが

例のお絵描き教室。

 

チューリップの絵を描いたのは、

そこに通い始めて三度目くらいのこと。

 

わたしなりのチューリップを表現した。

 

ふと、そこに先生が通りかかり、

厳しい口調で言い捨てた。

 

わたしはいまでも、

その時の先生の言葉を忘れられない。

 

 

「チューリップはそんな色じゃないです。」

 

 

わたしはその後、帰宅してから

大泣きした。

 

 

「正しい色」で描かれたチューリップの絵は、

破り捨てようとしたところで母親に止められた。

 

 

悔しくて、悲しくて、堪らなかった。

絵だけではない。

自分の全てを否定された気分だった。

 

 

母親はわたしをその教室に通わせるのをやめた。

 

 

今から思うと、

その教室での方針は、写実性を重視していたのかもしれない。

よりリアルに描く練習をさせるために、

そういった指導をしたのだろう。

 

 

だから、結局のところ、

誰にも悪意はないのだ。

 

わたしを画家気分にさせた両親や祖母も、

お絵描き教室の先生も、

泥団子の友達も、

わたし自身も。

 

 

それでも、わたしは泣いた。

わんわん声を上げて。

自分の作品に手をかけながら。

 

そしていまでも忘れずにいる。

 

 

そしていまでも、

泥団子は苦手だ。